樅山 敦のラブソングのききかた

Track 4

JET『Are You Gonna Be
My Girl』

 タンバリンから音楽がスタートすると、その20秒後に決定的瞬間がやってくる。鉄塔に雷が落ちる瞬間のようであり、気まぐれなロックンロールの神様がビンビンのオージー野郎たちに宿った瞬間のようでもある。
“こっちに来なよ。だってキミ、最高に可愛いよ。マジでキミを彼女にしたい”──もしついてきたらハニートラップの可能性80%、気をつけろ! “オレと一緒に楽しもう、お金は全部出すからさ。キミみたいな可愛い娘にお金を出させるなんてできっこないよ”──これ大事! 生きたお金の使い方。太っ腹だね、粋だね、優しいね。“イカしたブーツもヘアスタイルもマジで最高。振り向いて目が合った瞬間、オレのハートは破裂しそうさ”──目線でやられることってあるよね? 93年に月2のペースでDJをやっていた青山のバーで、オーナーからのオーダーは「お酒が進む曲」。僕はジャズやソウルのレコードを買い漁り、耳当たりの良い良質な曲を探し当て、タケオキクチのスーツを着て、レコードをかけまくっていた。そこにアルバイトのちえみちゃんという女の子がいた。当時好きだったブリジット・バルドーにそっくりで超キュート。僕が良い曲をかけると、長いまつ毛と目尻がキュっと上がった目でこっちを見るのよ。そして口角を上げて微笑むの。ドキドキして、針を落とす手が震えちゃったよ。

 だから、この曲の主人公がその気になるのはよく分かる。“一緒に帰ろう、送っていくよ。他の男と行かないで。今日はまだ何も話しちゃいないのにオレを置いて行ってしまうキミ。言ったよね、彼女になってほしいって”──これはラブの飢えである。満たされない恋。良い曲を作れたって、歌が上手くたって、スタイルが良くたって、好きな女の子に「素敵よ」と言ってもらえないと何の意味もないじゃない、という「飢え」に焦点を絞り、掘り下げた一撃必殺のラブソングなんですね。こういうのはシンプルだからこそ光り輝く。

 恋愛は人生に大きなモチベーションを与えてくれる。恋愛ほど、飢えのエネルギーをもたらすものはないからだ。好きな女の子に振り向いてもらえなかった悔しさや切なさのエネルギーが人間の魅力を増加させるのだ。女性が大好きなのは健康な証拠。大いに夢中になろう。ダメでもいい、傷ついたっていい、傷口から滴る血はやがて固まってカサブタになり、自然と剥がれ落ち、ひと回り強くなった皮膚が再生される。そう、件のちえみちゃんはその後すぐにロンドンへ行ってしまった。一年ほど手紙のやり取りをしていたがある日、僕の飢えが絶好調に達し、「来月ロンドンへ行っていい?」と手紙に書いた。日本に連れ戻し、僕のLOVERになってほしいからだ。しかし返信は無かった。またカサブタができた。

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