樅山 敦のラブソングのききかた

Track 9

10cc
『アイム・ノット・イン・ラヴ』

 1970年代の名曲をたっぷりと使用した、ソフィア・コッポラ監督の映画『ヴァージン・スーサイズ』のサントラの中でも一際輝くこの楽曲。主人公のラブシーンを盛り上げ、淡く儚い雰囲気作りの役目を果たしていた。1975年当時、僕はカセットテープで何度も何度も巻き戻して聴いていた、うっとりするほど美しくて神秘的なメロディに乗る歌詞──“恋なんかしてないよ 忘れないでね よくある気まぐれさ” ドン・ファンか? 彼女がたくさんいる男の台詞だなあ。“電話したからって誤解しないで 別にキミの声が聞きたくなった訳じゃない ただなんていうか……” 言い訳にすぎない強がり、ひねくれている男なんじゃないの。“キミの写真は壁に貼ってある 壁の汚れを隠すためだから 返してなんて言わないで” あぁ失恋か。こんなこともあるだろうね。“期待しないでね きっとキミを待たせることになるから” ワオ、そうきたか!

 
 これは痩せ我慢のラブソングだ。僕は、男の器量は痩せ我慢で決まると考えている。1999年のクリスマスイヴ、とある出版社のとある編集部で、年明けに行く海外ロケの打ち合わせ中に携帯が鳴った。朝子の友達、夏世からだ。篠原涼子似の彼女が「モミちゃん今どこ? 逢いたい!」。会おうよ、じゃなくて、逢いたい。しかもイヴ。これは男として行くしかない。打ち合わせの途中だったがスタッフ全員が「すぐに行ってあげてください」とおっしゃってくださった。外苑西のアメリカンダイナーで待ち合わせたが、実は僕の本命は朝子のほうだった。よし、まぁこれも何かの縁だ、と自分に言い聞かせながら店に入った。シャンパンをあけ、しこたま飲んだ帰り道に暗いビルの階段でキスをした。デートを重ねて僕は夏世にどんどんのめり込み、自然と付き合うようになった。当時の僕は仕事が忙しく、海外ロケが多かった。帰国した夜は必ず逢っていた。海外ブランドの下着をつけた夏世はキラキラしていて、このまま時が止まればいいと本気で思った。甘美な思い出だ。でも、四六時中一緒にいたいと言うちょっとワガママな夏世と、一緒に過ごしたいけれど仕事が忙しい僕はうまくいかなかった。別れたくはなかったが消滅…。

 
その後も朝子と夏世と3人でよく食事をしたんだ。何事もなかったように会話をして、まだ好きで好きでたまらなかったけど、僕は痩せ我慢をして淡々と接した。一皮むけたかったのだ。

 
 ダメだったと落ち込むことは誰にでもできる。哀しみながら苦難を耐え凌ぎ、意味のある失恋にして次に繋げたい。そうすれば心の中で熟成し、ふくよかな匂い立つ色気のある男にきっとなれる。痩せ我慢の集積が女を痺れさせ、キミの虜にさせるのだ。

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