樅山 敦の歌謡曲が流れるBARBER

4枚目

井上陽水
『リバーサイドホテル』

 1988年。思い出深いなぁ〜この年この曲。当時僕は原宿の美容室で働いていて、陽水さんはその店の常連客。自分から進んでシャンプーに入ってた。だっておもしろいんだもん! 背が高くてサングラス、ブラックレザーを着てオールバックヘアが威圧感半端なかったけれど、なぜか緊張しなかったもんなぁ。僕が「かゆいところはございませんか?」と問い掛けると「全体的に気持ちいいで〜す!」みたいなことを言うんだよね、ニヤけた笑顔とあのヴォイスで。なごむんだよなぁ。椅子に腰掛けカットクロスを装着すると、オーナーに「チャーミングにお願いしま〜す!」みたいなことも毎回言うの、その流れが楽しみでね、見届けてから次の仕事に取り掛かったのを覚えてるよ。
 
 この年はドラマ『抱きしめたい!』が楽しみでね、録画して観た最初のトレンディドラマだった。たしか9月に最終回を迎え、観たいドラマがなくなったなと思っていたところに10月から『ニューヨーク恋物語』が始まった。主演の田村正和さんがめちゃくちゃかっこよくて、オールN.Y.ロケの刺激的なドラマ、その雰囲気にピリッとスパイスを効かせた主題歌が陽水さんの『リバーサイドホテル』。ラテンのリズムがおそろしくクールで、“ボッポポポ♪ ボッポポポ♪ 誰も知らない夜明けが明けた時 町の角から素敵なバスが出る”──イエローキャブがバンバン走る街中を歩く田村さんにシビれたね、画面に映るそこらへんの外国人よりもかっこいい日本人って、初めて見た気がする。
 
 実はこの楽曲、82年にシングルリリースしているんだ。当時の歌謡界はプロダクション主導型の人たちがチャートを賑わせていた、けれど陽水さんは自分から湧いて出た良い意味でのマイブームで作曲し、煌びやかな歌詞をまるでアクセサリーのように装着させてしまう天才! 歌詞はR&Bのバラードのようにアダルト寄り、ニューヨークを舞台に繰り広げられる恋愛物語にぴったりだし、6年間眠っていたこの楽曲をセレクトしたドラマのプロデューサー、あんたも天才!
 
 そうそう、将来の明確なイメージが湧いたのもこの年で、ニューヨークにあるような床屋さんをやると決意したのが88年だった。当時は西麻布のタケオキクチビルによく通ったっけ… ビリヤードがあって、ダンサブルなジャズがかかるバーがあって、クラシックなスーツ屋があって、そして床屋がある安藤忠雄デザインのしゃれたビル。かっこいいバーバーを横目で見つつ、美酒に酔いしれビリヤードをやりながら「理容師になって店を出すぞ」と心に誓った年、感慨深いよなぁ〜。この間、タケオキクチ先生にその話をしたら「ヘアをキメてビシッとスーツを着たら、後は遊び場がないとね!」と高めのヴォイスでおっしゃってました。なんだろう、かっこいい男は声に特徴があるのかもね!
 
 そして20年後の2008年、陽水さんのご令嬢でシンガーソングライターの依布サラサさんのヘアメイクを担当することになった。親父の頭をシャンプーして、娘の顔をメイクして… ん〜奇縁を感じたけどね。

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