フランキー・ヴァリ
『君の瞳に恋してる』
“夢のように美しすぎて 君から目が離せない”──この楽曲は2014年公開、クリント・イーストウッド監督の実話を基にした映画作品『ジャージー・ボーイズ』でヴァリの娘が亡くなる悲劇のシーンで流れた。「娘に捧げる父親のラブソング」として使われたのだ。だが僕にとっては忘れることのできない、特別な曲でもある。
20歳のころ、美容師時代。お客さんの未来ちゃんに魅せられた。さながら夢のように美しく色っぽい大学生だった。もちろん猛アタックを開始、押して押してあと一押しのある日、お店の先輩が「朝、竹下通りで男が未来ちゃんにバラの花束を渡していたぞ」と言うのだ。僕はすぐに電話で確認した。間違いなかった、バラを100本プレゼントされたらしい。そしてその男から僕へのメッセージがあると未来ちゃんが呟いた。「会いたい。いつがいい? 血が付いてもいい服を着てこい!」なるほど。じゃあ闘って勝ち取るしかないな。美女は簡単にゲットできないのだ、一つ一つ難問をクリアするしか道はない。
そして次の週、誘いに応じた僕は男が指定した有栖川公園へ未来ちゃんと一緒に向かった。移動中、シャドウボクシングをしている僕を見て彼女は終始無言だったが、少し笑っているように見えた。池の横の坂を上がると、宅麻 伸さん似の男が立っていた。こいつがバラ100本男か? と思った瞬間、僕のヨレヨレのスウェットを掴んできた。前蹴りで突き離しつつ、右利きであることを確認して僕は左拳にタオルを巻きつけた。美容師は手が命ですから。向かって左狙いのローキックとジャブを力まず当てる程度に散らしたが、それでもヤツはクールな表情で掴もうとしてくる。僕は集中して左のフックを当てた。顎にヒットし、ヤツは倒れた。心でカウントした。1、2、3、勝ったー! 僕はまるでリングかのように柵に登り、未来ちゃんを探して叫んだ。「未来ちゃーん!」 あれ、見当たらない…。
緊張から解放されて喉が渇き、無性に生ビールが飲みたくなって六本木の適当なバーに入った。店内の公衆電話から未来ちゃんに電話した。勝利の報告をして「気の抜けた炭酸のような恋をしたいとは思わない、僕の恋は強炭酸だし、そういう男だ!」みたいなことをカッコつけて言った。そうしたら「極端」と言われて思いっきりフラれた。店内に件の『君の瞳に恋してる』が流れ始め、サビの部分で僕は泣いた。“君を愛したい そしてもしよかったら君が欲しい 可愛い君よ 僕を断らないで”──チキショウ、こんなときにラブソングかよ。頭からメロディが離れない、極端に良い曲ではないか! 未来ちゃんが欲しくて闘ったのになんで? 極端に振り切れ、極端に突き抜けているこの楽曲だから後世に残っているのだ。極端で悪いか? カウンターで生ビールを飲みながら、マスターと「極端」について語り合った。あれから30年、いまだに六本木を通るとこの曲が頭の中で流れる。