樅山 敦のラブソングのききかた

Track 10

南 佳孝
『スローなブギにしてくれ
(I want you)』

“Want You 俺の肩を 抱きしめてくれ” “Want You 弱いとこを 見せちまったね”──普段は強くいる男でも、ときにはヨレて色落ちしたネルシャツのような日がある。例えばボクサーが死に物狂いで練習を重ね試合に臨んだが、サンドバッグの如く打ちのめされKOされてしまう。そんな夜は、愛する女に抱きしめてほしいものだ。それこそブルース・ウェーバーがモノクロームで撮影した映画『Let’s Get Lost』のポスター写真のように。母性的な愛は男を静かに安心させる、そしてその女から離れたくなくなるのである。「大丈夫、何てことないわよ」そんな言葉に癒されるんだ。
 
 これは、優しさに包み込まれるラブソングとでも言っておこう。女は疲労感漂う男に色気を感じ、どこか壊れていて弱さや駄目さもある男に愛おしさを感じる。“理由なんかないさ おまえが欲しい”──こんな言葉一つで女は「手のかかる男」を優しく抱きしめてくれる。そして足どりは驚くほど軽くなり、次に進める。“マッチひとつ摺って 顔を見せてくれ”──まるでセピアがかった古いハードボイルド映画のワンシーン。ラルフ・ローレンのカタログに使えそうな美しさを連想してしまう。
 
 1981年の片岡義男の同名小説を原作とした映画を角川が作り、主題歌の作詞を角川社長が直接、松本 隆さんに依頼してできあがった世界観のある歌詞と、当時快進撃を始めていた南 佳孝さんの少し鼻に抜ける歌声、無駄を削ぎ落としたシンプルな曲調が絶妙なバランスで暑苦しくない男のブルースになっている。今聴いてもまったく古さを感じさせない素晴らしいこの主題歌は、7インチシングルレコードで売上累計40万枚を超える大ヒットとなった。

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