樅山 敦の歌謡曲が流れるBARBER

3枚目

寺尾 聰『ルビーの指輪』

“AOR”ってのはアダルト・オリエンテッド・ロックの略で、要は大人の夜を彩るロックとジャズを融合した小粋なポップスのこと。1980年代の米国西海岸発で、ボビー・コールドウェルやスティーリー・ダン、ボズ・スキャッグスなどの曲が全米でヒット、男性ヴォーカルが主流、さらにシンガーにはダンディさや色気がないとダメ。これを日本で表現するのは難しいと思うよ。後付けだけどね。

 
 81年、僕が高1のときに『ルビーの指環』がオリコンチャートの12週連続1位。ついに現れた、AORを歌謡曲になじませヒットさせた男・寺尾 聰。なんだけど、ジャパニーズAORは福島県いわき市に住む高校生の僕には全然ピンとこなかった。なぜだろう? 同じ年の夏、理容師の母が仕事仲間とニューヨークへ行くと聞き、僕もどうしても行きたくて、アルバイトをして旅費を返すことを条件に連れていってもらったんだ。ワクワクで辿り着いたN.Y.は安全な街ではなかった、あそこに行っちゃダメ、ここも行っちゃダメと言われ、じゃあどこに行けばいいんだって感じだけど、まあ確かにね、常にパトカーや救急車、タクシーなんかのサイレンやクラクションが鳴ってる街だし、強盗とか恐いニュースばかり。高校生の僕は、逆にその危なさに興奮して街中を歩き回ったのを覚えている。危険はカッコイイと思っていたし、海外とはこういうもんなんだ、ということを感じたかったんだよね。

 
 ホテル近くのレストランで夜ご飯を食べて満腹になったら部屋へ戻り、ラジオをONしてベッドに入る毎日。この街は衣食住が近くて夜中でも賑やか、サイレンとクラクションだけでなく酔っ払いやら何やらでもガヤガヤしてるけど、僕にはそれが心地よくて。ラジオからいい感じの音楽も流れてくるしさ。それがAORだったんだ。真夜中のクラクション、けだるさと夜景、ラジオからふわ〜っと流れてくるAORが雰囲気にマッチしていたのを覚えてる。環境って大事だね。都会の喧騒が似合う『ルビーの指環』を、18時になると真っ暗になって静まり返る町で聴いても、そりゃあピンとこないよね。

 
 そんな寺尾 聰さんは俳優の息子で、いわゆる二世タレント、ボンボンが持つ余裕感があり、押しつけがましさや暑っ苦しさは感じられない。だけど刑事ドラマではゴリゴリのバイオレンスを演じる。何だろう? この初めて感じる相反するもののせめぎ合い、その亀裂から色気が滲み出す感じ。でもむせ返るほどではないんだよね。トレードマークはサングラス、洋服はフォーマルを少し着崩し、リラックスした雰囲気を漂わせる。AORの条件を軽くクリアした男の“洗練”というやつかな。キラッキラに輝く煌びやかなアイドルと両極を成すような、大人向けの音楽も輝いた時代だったんだね。余裕だね、豊かだね。しかしこの曲にうまく日本語をのっけたよなあ……あれっ、これまた松本 隆さんか!

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